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ヒト・クローン無法地帯 副題 生殖医療がビジネスになった日
ローリー・B. アンドルーズ (著), Lori B. Andrews (原著), 望月 弘子 (翻訳)

図書館の不妊コーナー で見つけました。 そんなコーナーかわかりませんけど、不妊治療についてのガイドブック、不妊治療メンタル系の本、治療経験談付き雑誌等があったので、それに準じたコーナーなんでしょう。 どれをかりようかパラパラめくっていたら、第1章試験管ベビーって文字が見えたので、著者のような人でも試験管ベビーって使うんだ~?とこれをかりることに決めました。 
2000年の翻訳の言葉がアレなのか借り腹とか書いてあるところがあって、カチンと来るんですけど、それには目をつぶり、脳内で代理母に変換して読んでます 絵文字名を入力してください

※ローリー・B. アンドルーズ氏は体外受精・代理母・ドナー等に係わる有名訴訟の数々を手がけ、人間クローン研究についてのレポートを米国政府に提出、それが米国政府の公式見解としてサイトに載った人らしいですょ。自然妊娠してお子さんもいる法律家。

ところでなんで不妊治療コーナーに行ってこの本を借りたのかと言えば、私達夫婦は体外受精で子供を授かることに抵抗がないんです。
子供を授かる可能性のある治療が残っているならば、もちろんやりますよ。
やるに決まってるじゃないですか?なぜしちゃいけないの? ってなもんです。
体外受精をやらない理由がない。

でも こないだ試験管ベイビーってどこから来た言葉?と調べたら(結局不明)たかじんのそこまで言って委員会のサイトのコメントに「体外受精に進まなくて良かった。試験管ベイビーは倫理的に・・・」みたいな内容の不妊経験者さんからのコメントがあったんですよね。
それを読んで自分を振り返ると、自分の体が不安・授かる(予定の)子の心身の健康が通常妊娠に比べてどうなのだろう?という不安はあるのですが、それ以外の面は全く考えたこともなかったと気付いちゃったよ。
ちょっとは悩む必要性があるものなのではないのか?こんなに抵抗なくていいのか?倫理・道徳的にどうなのだろう?とチラとも考えなくても良いのかしら?と思いまして。

今のところ、この本を読んでも体外にステップアップを躊躇するような理由が全くアリマセンが、色々考えるきっかけになって面白いです。「一応倫理的にどうなのか自分なりに考えてみようとしました」と自分満足を得られそうな本ではあります。

また読み終わったら感想を書くかもしれません。
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